2013年4月3日水曜日

エド・デイムス(人物)


経歴

エド・デイムス少佐は、国防省諜報庁のリモートビューイング部隊に所属する情報作戦将校であった。1970年代初頭、スタンフォード大学に付属する研究機関(Stanford Research Institute 通称SRI)は超能力研究の一環として、リモートビューウイングといわれる遠隔透視の研究を行っていたが、この研究の協力者であり、また後に研究の一部を指揮するようになったのはインゴ・スワンという人物で、SRIで大変な成果を残した。

この成果に注目したのは国防省諜報庁であった。ここは、諜報活動を専門に担当する部局である。当時は米ソの冷戦下であったため、ソビエトを標的にした情報戦が活発に行われていた。諜報庁は対ソ情報戦で優位に立つためのテクノロジーを求めており、おりしもスタンフォード大学で大きな研究成果をあげていたスワンのチームが注目された。70年代後半からスワンの指揮のもと、陸軍などから派遣された将校や科学者が加わり、国防省諜報庁リモートビューイング部隊が結成された。この部隊には、日本でも有名になったジョー・マクモニーグルも在籍していた。

デイムスは、カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、米国陸軍に志願し情報将校となった。80年代前半に陸軍から派遣され、リモートビューイング部隊の一員になったといわれる。

リモートビューイング部隊

この部隊は、対ソ情報戦において目覚ましい成果を残したといわれている。ソビエト国内の核ミサイル基地の配備状況を透視したり、地下秘密基地の存在を発見などを行った。

だが、ソビエトの崩壊から3年たった1995年、冷戦は完全に終了し、もはやロシアや他の共和国を敵視する必要がなくなったとの判断から、国防省は予算を打ち切りリモートビューイング部隊の解散を決定した。その後、部隊は再結成されることなく現在にいたっている。

部隊の残した成果

この部隊は70年代後半から1995年の20年を越える期間、諜報活動において数々の成果を残したが、現在まで引き継がれているその最大の成果は、この部隊がリモートビューイング(遠隔透視)の技術をマニュアル化し、個人のもつサイキックな能力にはいっさい依存しないスキルとして標準化したことだ。デイムスも、「当然ある程度の個人差はあるが、リモートビューイングの能力はだれでももっており、適切なトレーニングさえ行えばだれでもスキルとして身につけることができる」といっている。

リモートビューイングとはなにか

では、そもそもここでいうリモートビューイングとは何なのか?それは、一言で言えば遠隔透視のことである。遠隔透視とは読んで字のごとく、遠くにあるものを透視することだが、リモートビューイング部隊が開発した遠隔透視の概念はなにも距離的に遠くにあるものを透視することだけに限定されているわけではない。空間的な距離感でいえば太陽系を越える外宇宙までを含み、さらに時間的な距離感でいえば、過去や未来に発生したか、または発生するあらゆる事件や出来事を含む。当然、このスキルは、紛失した車の鍵を見つけたり、宝くじの当たり番号を予想したりという身近な用途にも使うことができる。

このようなことが可能になるのも、われわれ人間がもっている無意識はもともと驚くべき能力をもっており、その能力の一つがリモートビューイングだということなのだ。なので、リモートビューイングとは、1)無意識のもつ透視能力を引き出し、2)無意識が意識に向かって返して来る返答を正しく解釈することだという。特に、意識と異なり、無意識はイメージなどの象徴を言語として使いコミュニケートしてくるため、その意味を正しく把握するためには、その解釈の方法を知らなければならないという。

解散後のメンバー

1995年にリモートビューイング部隊は解散したが、インゴ・スワン、エド・デイムス、ジョー・マクモニーグル、ラッセル・ターグなどのメンバーはそれそれ独自の道を進み、そのうちの多くがリモートビューイングのサービスを提供するコンサルティング会社や、一般向けのリモートビューイングのセミナーを提供する研修会社を設立した。

やはりデイムスも、サイテックというコンサルティング・研修会社を設立した。サイテックは、一般向けにリモートビューイングの研修を行とともに、企業や政府組織にリモートビューイングの透視結果を提供するサービスを行っている。